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MyOutdoorMemories 中・高生編

昨日から数日かけて自分のアウトドアの歴史を綴っていこうとしています。
まぁいわゆる自分語りですから、皆さんの参考になるような情報ではありません。
興味の無い方は数日スルーして下さい。
このブログ主はどんなアウトドアライフを歩んで来たのか興味のある方のみしばらくお付き合いいただければと思います。
昨日は小学生まで、今日は中学生の頃からです・・・
中学生になり、いよいよキャンプにのめり込むか!
と思いきや、実はサッパリでした。
小学校の時一緒にキャンプをした仲良し3人組で揃ってテニス部に入部したのですが、この部がなかなか厳しかった。
時はちょうど少女漫画「エースをねらえ!」が大ヒットしていた頃で男女を問わずテニスが大人気だった時代です。
我が部も部員数が多く盛んな活動で、土日はもちろん夏休みなどの長期休暇中もほとんど毎日部活で、連続した休みは滅多に無い。
そんな状況だとたまの休日は別のことにあてたくなって、結局中学時代はキャンプに一度も行くことがありませんでした。
代わりに当時の自分がハマっていたのは自転車でした。
親に買ってもらったロードマンに夢中なのでした。
ブリジストンのロードマン
この女の子の出演するCM印象的でしたね〜

振り返って〜しまえば〜もう〜♪
あれ?歌詞違ったけかな?
とにかく当時の少年達には大ウケしていましたね。
タイヤのサイズが27インチ(27×1-3/8)にドロップハンドルが特別の自転車に思えたものです。
本来のロードバイクは700cが標準なので、この27インチは今見るとものすごくオカシイのですが、当時は27インチは大人の自転車って感じだったんですよ。
とにかくロードマンを買ってもらって大喜び!
納車された翌日には50km以上離れた都内の叔母の家まで乗って行ったくらい大ハシャギでした。
先述したように普段は毎日部活ですが、たまの休日ともなれば日帰りでサイクリングに出かけて行きました。
そして「僕は高校までは自転車を極めようっ! そして大学からオートバイだ!!」と勝手に心に決めました。
高校に入っても予定どおり自転車に夢中です。
1・2年は愛車ロードマンのパーツをグレードアップしながら乗り続け、3年の時にはオーダーしたフレームのロードレーサーに乗り換えてとにかく乗りまくっていました。
高校2年の夏休みにはついに1人でキャンプツーリングに旅立ちました。
目指すは東北1周!
小学校の時に買ったテントは山岳向けの小型軽量なものではありません。
自転車に積むにはあまりに大き過ぎるのです。
新たにテントを買うほどのお金は無い。
となれば野宿しかありません。
3シーズンの安い化繊寝袋を池袋の登山用品店で購入して、これだけでどうにかしようという算段です。
まぁ夏ですからテントが無くても寒さは感じません。
ゲーセンの裏手や公園のベンチなど雨さえしのげればどうにでもなるという、経験の伴わない見切り発車で旅に出ました。
そうして実際にどうにかなりました(笑
無人駅で寝ようと思ったら、近所の子供達が集まってきたので相手をしてあげたら、そのまま家に泊めてもらえた事もありました。
そうキャンプというよりはただの放浪旅ですね(苦笑
毎日走ることが精一杯で、寝床を見つけたらもう料理などする気力もありませんでした。
道中で見つけたパン屋で処分品として置かれた賞味期限切れのパンの耳を大量に買っておいて、朝昼は毎日その期限切れのパンの耳を食べていました。
夕飯はちょっと豪勢に外食!
と言っても500円前後のラーメンとかが多かったですね。
それがたいそうなご馳走に感じました・・・
ただ全てが順調とはいかなかった。
当たり前ですが東北は山が多いのです。
いやむしろほとんどが山間部ですから登り下りの峠道ばかり。
思っていたよりもペースが上がらず、予定ペースよりも距離が伸びない。
夏休み後半に出かけたので、始業式までに帰らないとならないので日程の延長は難しい。
折り返し地点として青森まで行ってねぶた祭りを見て帰ろうと、当初は決めていたのです。
しかしそのためにはもっとペースアップをしなければ!
気持ちばかり焦り出していた頃に、オートバイでやはりキャンプツーリングをしていたライダーと出会いました。
自分よりも大人なその彼は「旅は焦らずのんびりと、いろんなところを見て回った方が楽しいよ」と教えてくれました。
そしてねぶた祭りを目指している自分に、「えっ!?ねぶた祭りは○○日だから、絶対に間に合わないよ」と言ったのです。
出発前に一応調べたつもりだったのですが、自分が調べた日よりも1日早い日程をその彼は伝えてくるではありませんか!?
えぇ〜っ!?
当時は今と違ってスマホもインターネットもありません。
自転車旅ではそうした情報もすぐに調べることが出来ませんでした。
年長者の言う事を素直に信じ、旅程を変更するしかないと思いました。
必死の思いをしてペースアップをしても、もう間に合わないのなら意味が無い。
その瞬間から、自分はペースアップを諦めました。
いやむしろ忠告どおりに、のんびり見て回ろうと覚悟を決めたのです。
その手始めに、興味はあったけれど旅程の都合で諦めようと思っていた、奥州平泉に寄り道をする事にしました。

この写真はある意味、自分の旅の根幹が決まった場所なのです。
「夏草や 兵どもが 夢の跡」
自分は旅人の先人として松尾芭蕉を敬愛していました。
その松尾芭蕉も滞在し、多くの句を詠んだ平泉は憧れの地でした。
丸々一日を観光にあてたのは、この旅では初の事でした。
そしてこの1日で、ねぶた祭りどころか青森にも日程的に難しくなったのです。
そう!東北全県制覇は不可能になってしまったのです。
でも、それでも構わないと思いました。
目標を定めて達成することはとても素晴らしいことです。
でもその目標に縛られて、本質から外れていくのは自分の流儀では無いと気づかされました。
自分の旅はのんびり色々なところを観て回り、そして感じるための旅なんだとこの時に思ったのです。
この後は観光もしながら楽しみながら走りました。
帰路の茨城ではねぶた祭りにも遭遇しました!
青森以外でもねぶた祭りをやっている街はありますからね。
祭りの会場には本場青森から来た山車も置かれていました。
その山車を運んで来た方がいたので、本当は青森のねぶたに行こうと思ったが間に合いそうになかったので諦めたことなどを話しました。
するとその方は
「こうしてねぶたに出会えたのは運命だね〜 良かったね〜」と言ってくれました。
そして
「ところで、それ日程違うよ、正しくは1日後だよ」と・・・
やっぱりオレの調べた日程で合ってたんじゃねぇかっ!!
あのライダー嘘つきやがったぁ〜!!!(爆
でも不思議とあのライダーを恨む気持ちはありませんでした。
むしろ間違えてくれたおかげで、素晴らしい旅が過ごせたわけです。
彼が間違えくれたのも運命だったのでしょう(笑
こうして旅を楽しんだとは言っても、峠道の勾配が緩くなるわけはありません。
やはり高2の自分にとってはかなりハードな旅でした。
でもその旅を成し遂げたことが後々の自分にどれほどの自信に繋がったことでしょう!
そう言えば自分の将来を決めたのは、この夏でした。
炎天下の中、ただ無心にペダルを回しているときにふと決めたのです。
「自分のやりたい事をやろう」
旅から戻り親父に跡は継がないと宣言し大喧嘩したのはその思いが有ったればこそでした。
ちなみに高3の夏休みは近場で済まそうと富士五湖一周と思ったのですが、途中で交通事故に遭ってしまいこれも制覇できずじまいでした。
予定どおりにはいかないことが多かった高校時代でした。
でも50を過ぎた現在の自分のほとんどは、この高校時代に確立されたと思っています。
ちなみにこのブログを記載している8月19日、そう高校2年の8月19日にあのライダーと出会ったのです。
今思えば自分の人生のターニングポイントは高校2年の今日だったのかもしれません。
あの夏を一生忘れません・・・
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